プロフィール

2022年05月05日 19:16
カテゴリ: プロフィール

菊池 美香(きくち みか)

宇都宮のホルン教室 始めました、菊池美香と申します。
これからホルンのお話を始め、雑多なお話なんかを書いていこうと思います。


4歳でピアノを始める
両親は共働き、毎日栃木から品川まで新幹線で通勤する父と
1日12時間くらい働くバリキャリの母をもつ
おばあちゃん子だったので、褒めて育ててもらったような
気がする
故に自分はピアノが上手な子なんだと思っていた
当時の、将来の夢はピアノの先生でした

小学生になり、鍵っ子だった私を放置しておくのもなんだかな...
ということで、学童代わりに預けられた場所が、
小学校の金管バンド部でした
はじめは身体も小さかったので、コルネットを担当しました
のちに腕が伸びたためトロンボーンに変わります
当時の、将来の夢は
スキーのインストラクターでした(なんでやねん)

中学生になり、吹奏楽部に入部しました
小学校の金管バンド部には無かった楽器がたくさんあり
丸くてかわいい楽器、ホルンをやってみたいと思いました

その頃になると、別にピアノ上手じゃないかもしれないと
気付きはじめ、ホルンに力を注いだ分だけ、
ピアノから離れていきました

4歳の頃から細々と続けてきたピアノを辞めるのも
大変だったのですが、高校生になると、
ピアノが必修科目としてまた私の前に立ち塞がり
涙を流しながら一生懸命試験対策のために練習したのを
覚えています

大学は、高校から付いていた師匠を追って神奈川県へ
毎日毎日、ホルンを吹き続けられる環境に身を置くことができ、
心底楽しかったです
また戻れるなら、絶対に大学生に戻りたい
やり直すのではなく、リピートしたいくらい楽しかったです

時代は繰り返されるのか
小学校で出会った金管バンドに、大学で再会しました
今度は、今度こそは、当時本当はやりたいと切に願っていた
テナーホーンです
(腕が伸びてしまったためにテナーホーンができなかったの)

そして一生の仲間がたくさんできました
当時の、将来の夢は
なーんにも考えていない!毎日楽しくて幸せ!でした(笑)

運よく近くの音楽教室でホルン講師の仕事に就くことが
できたのですが、その後私は、1度音楽を諦めます。

『今まで続けていた音楽のお仕事を最優先にして良い』という
条件で一般企業からオファーが来たときの話です。

入社してみると、なんと
従業員は私1人、入社当日に店長になりました(笑)
朝から晩まで働くことになり、終電がなくなると会社の車を支給
され、自宅にはパソコンがないので仕事ができないと言うと
ノートPCを支給されました。

当時在籍していた音楽教室のお仕事はできなくなり、
せっかくご依頼をいただいた演奏のお仕事も、リハーサルに参加
できずお断りせざるを得ない状況になってしまいました。
そんな日々が気付けば7年...

私は元来、音楽が好きでした。
楽器を演奏することが好きでした。
始めたばかりの生徒さんたちに、楽器を演奏することの楽しさを
伝えるお仕事が好きでした。
仲間たちと感動を共にできる演奏会が好きでした。
そして、そんな仲間たちが大好きでした。

私は当時働いていた会社を退職し、もう1度音楽に携わる機会を
作りたいと考えました。

できれば、
 ◇同じようにブランクを抱え自信を失ってしまった方や
 ◇始めたばかりで右も左も分からない方 など

ほんの少し背中を押してもらうだけで気持ちが前向きになれる方
がいたら、少しはお役に立てるのではないかなと思いました。

 ◆本格的に音楽を学んでいないとレッスンは受けられない
  のでしょうか?
 ◆ホルンは合奏のなかで演奏するもので、自宅で演奏しては
  いけないのでしょうか?

私は合奏に参加するために自宅で練習しますし、
自身のスキル維持や指導の参考のために今でもホルンのレッスン
を受講しています。
レベルや環境に応じて適切なカリキュラムを組むことで、
それぞれの本来のチカラを出すことができるようになると思って
いますし、同じような境遇の方がいらっしゃれば、
何かチカラになれることがあるのではないかと思い、
この度ホームページの開設に至りました。

これからゆるっとブログも更新していきたいと思います。
よろしくお願いいたします。

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